Vol.1 有賀望 SWSP共同代表

有賀望プロフィール

有賀望(あるが・のぞみ) 公益財団法人札幌市公園緑化協会

 1973年生まれ、東京都出身。東京都立大学理学部地理学科卒業、北海道大学大学院農学研究科修了。同博士課程中退。学芸員。学部時代は長野県上高地で河畔林の形成過程について研究し、「もっと自然が残っているフィールド」を求めて来道。大学院時代は歴舟川でケショウヤナギを含む河畔林の形成と河川地形との関係について研究。学芸員を志望し、1999年に札幌市公園緑化協会が管理する札幌市豊平川さけ科学館に就職。サケの自然産卵について調査しながら、札幌の水辺の生き物についての環境教育を実践。2013年から公園管理の現場に異動となり円山公園事務所等へ勤務し、2017年より豊平川さけ科学館へ再び異動。2014年に札幌ワイルドサーモンプロジェクトを創設。



サケとの出会い

かじ 有賀さんはお仕事でサケを扱って来られましたが、仕事になる前にサケとの出会いはあったんですか?

 

有賀 ないですね(笑)学生時代は河畔林を扱ってきたので川で調査はしていましたが、水の中の生き物にはぜんぜん目を向けていませんでした。調査地が歴舟川という帯広の方の川だったのですが、一度大雨の時にサケがウライを超えて私の調査地まで迷い込み、河畔林の中でバシャバシャしていたことありました。林の中にいては水が引いたら死んでしまうので川の中に戻してやりましたが、今思うと触ってはいけなかったんですね。何も知らなかったもので・・・(笑)

 

かじ さけ科学館にご就職なさってサケを扱うようになったんですね。

 

有賀 そうですね。そのころはサケとマスの違いもわからないくらいでした。入ったころは地下の水槽で魚を見ながら岡本さん(現さけ科学館館長、SWSP共同代表)に教えてもらっていました。

 

かじ さけ科学館にお勤めになったのはおいくつのころだったんでしょうか。

 

有賀 26才かな?1999年のことです。博物館で働く学芸員になりたくて、道内の博物館巡りをしていました。学生のときは植物や地形に関する研究をしていたので、水産関係でない所を回ったのですが、たまたまさけ科学館で求人が出ていると研究室に情報が入りました。私がいた研究室には水生昆虫やサケの仲間を研究していた先輩がいたので、おそらくその方々向けに来た話だったのですが、彼らは研究者を目指していたので、「じゃあ、私が!」と受けに行きました。正直なところ、魚のことはわからないし、役に立たないかなと思いながら受けたのですが、ちょうどそのころさけ科学館でも「魚だけではなくて川の生態系も普及教育していく内容として扱っていった方がいいんじゃないか?」と言う雰囲気があったようで、魚の専門家でないけれど、採用してもらえたみたいでした。

 

かじ 有賀さんは学芸員には大学時代からなろうと思っていたんですか

 

有賀 そうですね。最初のきっかけは大学3年の頃、同級生が学芸員の資格を取ろうとしていて、そういう資格があることを知りました。地理出身の先輩で学芸員になられた方もいたので、「そう言う資格があるならとってみようかな」ぐらいの気持ちでした。博物館実習先は、大涌谷自然科学館という活火山にある博物館で、展示づくりなどの基本的なことを学びました。それが一番最初の学芸員さんとの出会いです。そう言う仕事があるんだなと思いながらも大学院に進学し、研究も面白いし研究職も魅力的だなと思っていました。

最終的に学芸員を目指そうと決めたのは、両親に当時やっていた研究の内容を説明したときでした。当時は、長野県上高地でケショウヤナギを含む河畔林の形成過程を研究していました。ケショウヤナギは、長野県と北海道にのみ隔離分布し、網状流路が発達する河川地形が必要なので、河道を固定するとケショウヤナギが侵入できる生育地が減少してしまうことが危惧されていました。ところが、そのことを説明しても認識の差が大きく、なかなか理解してもらえませんでした。研究室内で自分たちが当たり前だと思っていたことが、一般的ではなく、知らない人はとても多いことを実感しました。それなら、せっかく自分が知り得た「貴重だな」と思うことを広く伝えることを自分はやりたいと思い、自然科学を普及啓発する学芸員になろうと思いました。

 

かじ 伝える人がいなければ、研究されたことも一般の知識になっていかないので、そういう人がいればいいなと思います。さけ科学館で働き始めて変わったことはありますか?

 

有賀 視野が広がった感じがします。今までは、陸上の植物のことしか知識がなかったので、川に行っても水の中の生き物が目に入らなかったのですが、川の中にもこれだけ生き物の営みがあることを知りました。それから、もともと北海道に来た動機が原生の自然の中でフィールドワークがしたかったからなので、道東など自然の地形が残っている川を選んで調査をしていました。さけ科学館のフィールドである豊平川は、大都市札幌を流れる河川で河川改修も進んでいるので、自分からは選ばない河川ですが、実際にそこで調査を始めてみると色々な種類の生きものがいて、川の地形も多様性を持っていることを知り、「自然がある=豊か」だけではない事が学べて、よかったと思っています。

 

かじ そういうふうにどんどん広がっていく感じが面白いですね。特に最近の研究では広く広くフィールドを捉えていく感じがしますよね。有賀さんは植物学者なんですか?地質学者なんですか?

 

有賀 学者ではないのですが、両方の分野に関心を持っています。河川の生態学が専門で「ある種類」を掘り下げるというよりも、その種がどんな要因で分布しているのか、環境が変化するとどのようになるかに着目しています。

 

かじ サケと出会って一からお勉強ということでしたがどうでしたか?

 

有賀 そうですね、まずは、さけ科学館で飼育している種類は見分けられるようにしなければと思って学び始めました。ちょうどさけ科学館では、サケ属だけではなく、色々なサケ科魚類を網羅して飼育していて、さけ科学館の人間として知っておくべき種類はすべて生き物として展示水槽にいたので、すごく入りやすくて助かりました。

図鑑だけで勉強しなければならなかったら大変だったかもしれないですが、給餌や選別で名前を読んだり、解説を作る際に調べらたりして知識が得られたので、良かったです。

 


サケという生物をどういう生物と捉えているか

かじ サケという生物は生物学の分類からいえば簡単だけど有賀さんからご覧になって「サケという生物はこういう生物なんだ」という捉え方がおありにあると思うんですがいかがですか?

 

有賀 まず、サケのことを調べたり知ろうとした時にすごくたくさん研究されている魚種なんだな、と感じます。研究機関は国にも道にもあるし、産業として大事な役割があったからだと思いますが海洋の回遊ルートまで調べられたり、「それが何か」と知ろうとする時にはとても情報が多いので、説明もしやすいです。また、教材としても扱いやすい生き物だと思います。例えば、エゾモモンガはとてもかわいい生き物ですが、夜しか出て来ないので子供が観察しづらい。また、ニホンザリガニは人気がありますが希少なものだったらみんなで獲れない。など、教材として扱いやすいかどうかは生き物によって違いがあります。サケの場合は、川に60cmもある大きな魚が泳いでいるだけでみんな興奮します。しかもだれでも大抵は知ってる、食べたことがある。身近な魚だから関心を持ってもらいやすい。さらに、サケの生態が色々と研究されているので、「へえ」とか「あー!」など、みんなが驚く情報をたくさん付け加えることができます。例えば「死んだあとのホッチャレが他の生き物の栄養になっているんだよ」とか「アイヌの人々がサケの皮を使って靴を作っていた」など加えられる新しい情報がたくさんあり、ます。木村さん(元北海道サーモン協会代表)は「養殖のサケではなく、健康によく、環境汚染もない日本のサケをもっとたくさん食べよう」と食育と環境問題を絡めてサケの紹介をしていました。サケは、様々な切り口を持った種で、教材としてはとても優秀だと思ってます。私自身はまだ一部しか活用できていないので、まだまだ開拓する余地が残っていると思っています。

 

かじ やっぱり博物館で働く学芸員の目だからこそ、そういう風にサケは見えるんですね。

 

 

有賀 サケを使ってどう関心を持ってもらうか、自分の地域の環境のことをどう考えてもらうかということの題材として考えるから「扱いやすいこと」、「見やすいこと」「知られていること」はメリットだと言えると思います。


豊平川のサケをどう思っているか

かじ だんだん核心に迫って参りましたが、豊平川のサケをどう思っていますか?

 

有賀 そうですね、私は飼育よりもフィールドワークの方が得意だったので、岡本さんがずっと続けていた産卵床の調査を手伝いました。すると、豊平川には毎年500-1000箇所の産卵床が作られ、自然産卵による稚魚も浮上していることがわかりました。さけ科学館では毎年メス100尾分の卵を稚魚まで育て放流していますが、単純に計算すると放流魚より自然産卵由来の野生稚魚の数がとても多そうで、野生の稚魚が十分いるならば放流する必要があるのか?と思い始めました。

 

かじ 確か(野生卵が放流稚魚の)10倍くらいあるんですよね、有賀さんの計算だと。

 

有賀 ええ、その後の色々な方の話で10倍の卵は全部は稚魚にならないというのもわかりましたけれども。その当時はこれだけ卵があって、実験的に卵をボックスに入れて生存率も調べてみたら、高い割合で浮上していたので、かなりの数が生き残るのではないかと考えました。サケが自然に戻る川になることがカムバックサーモンの目的だったならば、このまま放流を続けていいのだろうかと疑問に感じました。また、豊平川には捕獲施設がないので、採卵用の親ザケは同じ石狩川水系の千歳川に遡上したサケをさけ科学館に運んでいますが、豊平川に帰ってきたサケじゃないサケの子孫を放流するということが、その頃、他の魚種で移植放流の問題が議論されていたので気になりました。ただ放流を止めるのは相当難しいことがわかり、それならば標識放流ができないか、さけますセンター(現北水研)の鈴木俊哉さんに相談したところ、共同研究で実施していただけることになりました。協力者を得て話が進み、2004年から2007年に標識放流を実施し、回帰した親ザケを2006年から2012年まで調べ続けました。鈴木さんが本州に転勤された後は、森田健太郎さんが後を引きつぎ親魚の捕獲や結果の取りまとめを手伝ってくださいました。その後は、ご存知の通り、放流魚31%野生魚69%と結果が出ました。でも、結果が出ただけでは何かを変えることはできませんでした。

 

かじ しばらくは、ああ、そうなんだっていう期間がありましたね。

 

有賀 ありました。豊平川のサケについてお話しさせてもらう機会があるたびに「市民の皆さんと考えたいと思っています、どうしたらいいでしょうかね」と問いかけていたのですが、初めて聞いた人には答えにくいでしょうし、「そうなんだ」という反応が多かったです。標識放流の結果をまとめ終わった時に、「やっぱりこれちょっとさけ科学館の中だけでは変えられない。どうしたらいいのかどう変えていったらいいのか結論がでない。できれば、元々カムバックサーモン運動も市民運動だったし、もっと市民がこうしたほうがいいねという動きになって、豊平川のサケをどうしたらいいかがわかり、実際に動けるのではないか、いい方向に進むのではないか」と考え、共同研究者の森田さんと二人で、平田さん(フリーライター編集者・SWSP事務局)に相談しました。平田さんがキーマンなんですけど、平田さんと我々はもともと北海道淡水魚保護ネットワークの活動を一緒に行っていたのですが、平田さんは魚の保全について知見があり、なおかつ配信する技術に長けていらっしゃる方でした。平田さんに相談してそしたら「市民団体立ち上げよう」という話になり、現在に至ります。これから楽しみな部分もあるし、今が正念場だなと思っています。

 

かじ 確かにそうですね。私が「面白いな」と思っているのは例えば普通の市民活動だとゴールがここ!って決まっていて、やりかたもこういう風にするって決まっていますのでわりとはっきりしているものなんですけど、SWSPに関しては最終的な所は「皆で考えましょう」ってゆるやかな感じになっていて、逆に手法は今取れる手法がきちんとあって、それを今行っていくのが決まっている。そこから得られる知見については皆さん自由に分析して下さいという感じでその分析の結果をもって最終的にどうするか決めていくという理解でいいのでしょうか?

 

有賀 それでいいです。個々には放流を減らそう、放流ゼロがゴールと思う人もいると思います。一方で、放流すること自体はサケとふれあう機会の一つという部分もあるので、答えが出せていません。どれが正解というのもないから、今は、目の前の目標に向かって進んでいます。まず、「放流数を減らして野生魚の割合を高める」「川の環境をもっと良くする」というところが目標なので、そこだけはっきりして進めていれば、なにがいいのか見えてくるのではないかと思っています。

 

かじ なるほどね。森田さんが仰ったんですけどだいたいこの状態で20年やってみようってお話だったと思うんですけどそういう認識でいいですか?

 

有賀 何年続けるといいのか私にはわからないですけど、結果が出るのには時間がかかるのは覚悟しています。五年とかではわからないな、というのは。

 

かじ そうですね五年ではわからないですね。

 

有賀 SWSPの活動はやり続けることに意味があると思っています。カムバックサーモン運動の話をすると「そういうのあったね」「その活動はもう終わったんじゃないの?」と言われてしまうことがありますが、とてももったいないと思っています。豊平川のサケは、大きな可能性を持っていて、環境教育としても色々な側面があり、札幌にとってもとても大事な魚だと思います。以前、木村さんがサケを「北海道の魚」にしたいと活動したら漁獲高の一番のホタテに負けてから叶わなかったとおっしゃっていました。「札幌の魚」ならば、これまでの歴史を鑑みればサケにその資格があるのではないかと思います。サケは、札幌市民にとって大事な役割を担ってきましたし、子供たちにも知ってもらうためにきちんと活用したいです。札幌の環境のコトを学ぶ時に、この先もサケが話題に上がるがためには、SWSPの活動は、10年とか20年とかで終わる活動ではなく、ずっと続いていくような活動になるといいのなと思います。

 

かじ そうですね、そういう意味でSWSPの活動自体がサケを主眼にする環境問題とそれから札幌市民を繋いでいけば面白いなと思います。最後に有賀さんがSWSPの皆さんに言っておきたいことはないですか?

 

有賀 言っておきたいこと?そうですね。今、SWSPは色々な人に集まっていただいていて、皆さんそれぞれご自分の得意分野を活かされていて、とてもいい活動だと思っています。個人的には川の環境改善が前進するといいなと思っています。環境が良くなることで、野生魚の生存率が上がり、野生魚の割合や遡上数も向上するような好循環な仕組みづくりが、さまざまな分野の方々と協力して作り出せたらと願っています。